大阪地方裁判所 昭和38年(ワ)953号 判決 1964年12月23日
原告(反訴被告) 浅田一雄
<外二名>
右三名訴訟代理人弁護士 西村日吉麿
同訴訟復代理人弁護士 坂井尚美
被告(反訴原告) 中増義文
主文
1、原告(反訴被告)らと被告(反訴原告)との間に、訴外亡浅田松太郎と被告(反訴原告)との間の昭和三二年五月三一日付金銭消費貸借契約にもとずく原告(反訴被告)らの金一、二九七、〇〇〇円の債務が存在しないことを確認する。
2、被告(反訴原告)は原告(反訴被告)らに対し、別紙目録記載の土地について大阪法務局北出張所昭和三二年六月四日受付第一〇、七一六号抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。
3、原告(反訴被告)らのその余の請求を棄却する。
4、原告(反訴被告)らは被告(反訴原告)に対し、訴外亡浅田松太郎と被告(反訴原告)との間に昭和三二年三月二九日売主を同訴外人、買主を被告(反訴原告)として成立した別紙目録記載の土地の売買契約にもとずき、大阪府知事に対する農地法第五条所定の所有権移転許可申請手続をせよ。
5、前項の申請に対し大阪府知事の許可処分がなされたときは、原告(反訴被告)らは被告(反訴原告)に対し、別紙目録記載の土地について所有権移転登記手続をせよ。
6、訴訟費用は、本訴反訴を通じてこれを三分し、その二を原告(反訴被告)らの負担とし、その一を被告(反訴原告)の負担とする。
事実
第一、双方の申立
原告(反訴被告、以下単に原告という)ら訴訟代理人は、本訴につき主文第1、2項と同旨の判決及び「被告(反訴原告、以下単に被告という)は原告らに対し、別紙目録記載の土地について大阪法務局北出張所昭和三二年六月四日受付第一〇、七一七号所有権移転請求権保全仮登記の抹消登記手続をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、反訴につき「被告の反訴請求を棄却する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めた。
被告は、本訴につき「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、反訴につき、主文第4、5項と同旨の判決及び「訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求めた。
第二、双方の主張
一、本訴につき、原告らの請求原因
(一) 別紙目録記載の土地(以下本件土地という)は、もと原告らの先代訴外浅田松太郎の所有していたもので、昭和三五年六月一八日同訴外人が死亡したので、相続人である原告らが相続により右土地所有権を取得した。
(二) 本件土地の登記簿上には、被告を権利者として主文第2項記載の抵当権設定登記及び請求の趣旨記載の所有権移転請求権保全仮登記がなされている。
そして、右抵当権の登記は、昭和三二年五月三一日原告先代浅田松太郎(以下単に松太郎という)と被告の間に成立した、被告を債権者、松太郎を債務者とし、元金一、二九七、〇〇〇円、無利息、弁済期昭和三四年五月末日とする消費貸借契約にもとずく被告の債権を被担保債権として、同日松太郎と被告との間に成立した抵当権設定契約にもとずくものとされており、また所有権移転請求権保全仮登記は、同日松太郎と被告との間に成立した、右消費貸借債務の代物弁済予約にもとずくものとされている。
(三) しかし、松太郎と被告との間には、右のような消費貸借上の債権債務は存在しない。すなわち、松太郎は、昭和三二年五月三一日頃被告の求めに応じ、両名とも真実何ら消費貸借上の債権債務関係を発生させる意思がないのに、通謀のうえ架空の消費貸借契約を表面上成立させ、従ってまた真実本件土地のうえに抵当権を設定する効果意思も、代物弁済の予約をする効果意思もないのに、通謀のうえ架空の抵当権設定契約及び代物弁済予約を表面上成立させ、これにもとずいて本件土地に主文第2項記載の抵当権設定登記及び請求の趣旨記載の所有権移転請求権保全仮登記をしたものである。
(四) よって、松太郎の相続人である原告らは、被告に対し、前記金銭消費貸借契約は通謀虚偽表示による無効の契約であるから、原告らと被告との間に昭和三二年五月三一日付金銭消費貸借契約による金一、二九七、〇〇〇円の債務が存在しないことの確認を求めるとともに、前記各登記は、被担保債権または代物弁済の対象となる債権が存在しないことからみても、また抵当権設定契約及び代物弁済予約が通謀虚偽表示による無効の契約であることからみても、いずれも無効の登記であるから、各登記の抹消登記手続を求めるものである。
二、本訴請求原因に対する被告の答弁
原告らの主張する請求原因事実のうち(一)、(二)、(三)の各項に記載の事実は全部認める。
三、被告の抗弁
本件抵当権設定登記及び所有権移転請求権保全仮登記がなされたのは、次のようないきさつによるものである。
被告は、昭和三二年三月二九日松太郎との間で同人所有の本件土地を被告が代金一、二九七、〇〇〇円で買受ける契約をし、同日手付金二五万円を支払い、残代金を同年五月三一日に支払った。ところで本件土地は農地であるから、所有権を移転するためには知事の許可が必要なわけであるが、残代金の支払を完了した前同日までにその許可を得ることができなかった。そこで被告は、右土地所有権移転請求権を保全するため、松太郎の要請により、被告の支払った右売買代金を被告の松太郎に対する貸金とみなし、これを被担保債権及び代物弁済の対象債権として、本件土地につき抵当権設定契約及び代物弁済予約をすることに双方合意したものであり、これにもとずいて本件各登記をしたものである。
知事の許可が得られるまでの間の被告の所有権移転請求権を保全する手段として右のような方法をとることは何ら公序良俗に反するものでもなく、また松太郎の希望により右のような方法をとったものであるから、原告らがその無効を主張することは許されないというべきである。
四、被告の抗弁に対する原告らの答弁
松太郎と被告との間で、本件土地につき被告主張のとおり売買契約がなされ、松太郎が被告から代金をその主張のとおり受領したことは認める。
五、反訴につき、被告の請求原因
(一) 被告は、前記本訴に関する抗弁の項に述べたとおりの契約で本件土地を松太郎から買い受けたが、その際、所有権移転のために、双方で大阪府知事に対し農地法五条所定の許可申請手続をとることを約した。
(二) その後被告は、松太郎に対し再三農地法五条の許可申請手続をとるための協力を求めたが、松太郎はこれに応ぜず、更に松太郎の相続人である原告らは、本件土地の近くに新幹線の新大阪駅ができて本件土地周辺の地価が昂騰したため、本件土地の所有権を被告に移転することを嫌い、所有権移転のための知事に対する許可申請手続をすべき前記被告と松太郎との契約上の義務を履行しようとしないのである。
(三) よって被告は原告らに対し、本件土地について大阪府知事に対し松太郎を売主、被告を買主として農地法五条所定の所有権移転の許可申請手続をすることを求め、あわせて右許可がなされたときは本件土地の被告への所有権移転登記手続をすることを求めるものである。
六、反訴請求原因に対する原告らの答弁
(一) 本件土地につき松太郎と被告との間で、被告主張の日にその主張のような内容の売買契約がなされ、松太郎が昭和三二年五月三一日までに被告から売買代金全額を受領したこと及び売買契約に際し、所有権移転のために大阪府知事に対し農地法五条の許可申請手続をとることを約したことは認める。
(二) 被告が松太郎に対し、農地法五条の許可申請手続に協力するよう要求してきたことはない。
松太郎の方で、許可申請手続をする準備として、一応農業委員らに本件土地につき農地法五条に許可申請をした場合許可になる可能性があるかどうかを尋ねたところ、本件土地の周辺は他人の土地であり、本件土地から公路に出るべき道路がないから、許可を得られないだろうとのことであったので、その旨被告に伝え、道路ができて許可が得られる見込になるまで手続を待ってもらいたい旨述べた。しかし被告は、そのような理由で許可を得られぬはずがないと主張して、待つことを承諾しなかった。
そこで松太郎は、昭和三四年二月から同年六月までの間被告に対し、再三農地法五条の許可申請手続に協力するよう求めたのに、被告は態度を一変し、同法四条の許可申請手続をすべき約束は当事者間にないのに、松太郎において同法四条の許可を得るべく一切の手続をすべきだと主張して譲らなかった。
(三) 昭和三四年六月二六日、松太郎宅で同人、被告、訴外矢野、同岸本、同高瀬、同西川(農業委員)らが集り、本件土地の所有権移転について話合ったが、その際も被告以外の者が円満に話をしようとの態度に出たのに被告が怒ったので、けんか別れになったのである。
七、反訴請求原因に対する原告らの抗弁
(一) 本件売買契約は、当初から履行不能であるから、無効の契約である。すなわち、農地法五条の許可申請をするには、当該農地の転用事由の詳細、転用の時期及び転用の目的に係る事業または施設の概要等を含む事項を記載した申請書を提出しなければならないが、被告は当初から転用の目的や計画を有せず、現在に至るまで依然として広島県に居を構えて、地価暴騰による巨利の追求のみを目的としている。従って、農地法五条の許可申請をすることは、被告にとって売買契約の当初から不能である。農地の売買は、知事の許可なくして所有権の移転をなしえないから、許可申請をすることが当初から不能であるならば、売買契約の履行も当初から不能となるわけであり、無効の契約というほかない。
(二) 右抗弁が理由ないとしても、松太郎は、前記昭和三四年六月二六日の松太郎宅での会合の際、被告に対し、口頭で本件売買契約を解除する旨の意思表示をした。契約解除の理由は次に述べる三つである。
(イ) 被告が本件土地を買入れたのは、前記のように地価騰貴による巨利の追求を目的とするものであって、農地転用のための事業計画を有しないことが地元東淀川区の農業委員会に知れたため、同農業委員会は、今後被告から出される農地法五条の許可申請には同意しないとの意見を打出すに至った。従って、被告はもはや本件土地につき同条の許可を受け得る見込を全く失ったわけであるから、本件土地の売買契約は、所有権を移転することができなくなったことにより、履行不能となった。
(ロ) 本件売買契約の際、被告と松太郎との間で、所有権移転登記ができるまでは松太郎が本件土地を耕作してよいとの特約がなされた。しかるに被告は昭和三四年三月頃、右約束に反し、松太郎に対して、今後本件土地の耕作を禁止する旨通告してきた。被告の右違約により、本件売買契約の当事者間の信頼関係は破られ、契約を継続することができなくなった。
(ハ) 農地法五条の許可申請をするには、契約当事者が連署した申請書を提出しなければならないから、松太郎、被告双方とも本件売買契約上の債務として大阪府知事に対する右許可申請手続に協力すべき義務を負うものということができる。ところで、松太郎は再三被告に対し右許可申請に必要な被告の行為をするように催告したが、被告はこれに応じなかった。これは、被告の本件売買契約上の債務不履行である。
(三) 右契約解除の意思表示をしたことが認められないとしても、原告らは、昭和三六年二月二五日付内容証明郵便で被告に対し、右(イ)、(ロ)を理由に本件売買契約を解除する旨の意思表示とし、この書面は同月二八日被告に到達した。
更に原告らは、昭和三八年六月一五日本件の第四回準備手続期日において、被告に対し、右(イ)、(ロ)、(ハ)を理由に本件売買契約を解除する旨の意思表示をした。
(四) 以上述べた理由により、いずれにしても本件売買契約はすでに存在していないから、原告らは被告の反訴請求に応ずべき義務を有しない。原告らは、今となっては被告に対し農地法五条許可申請手続に協力しかつ所有権移転登記手続をする意思は全くない。
八、原告らの抗弁に対する被告の答弁
(一) 被告が契約当時事業計画を有しなかったことは認めるが本件売買契約が原始的履行不能であることは争う。
(二) 昭和三四年六月二六日松太郎宅で原告ら主張の者が集って話合った事実は認めるが、その際松太郎が被告に対し契約解除の意思表示をしたことは争う。被告が松太郎に対し、原告主張の頃本件土地の耕作を禁止する旨通告したことは認めるが、被告と松太郎との間で、所有権移転登記ができるまでは松太郎が本件土地を耕作してもよいとの特約がなされたとの主張は争う。
被告に履行遅滞はなく、履行を怠ったのは松太郎である。本件売買契約の際、場合によっては松太郎において農地法四条の許可を得て地目を宅地に変更のうえ所有権移転登記すべきことを約したので、その後被告は右手続をすることも求めたが、松太郎はこれにも応じなかったのである。
原告らの主張する契約解除原因を全部争う。
(三) 原告らが被告に宛てたその主張のような内容証明郵便が昭和三六年二月二八日被告に到達したことは認める。
第三、双方の提出援用した証拠≪省略≫
理由
第一、本訴請求に対する判断
一、原告らが本訴請求の原因として主張する事実については、すべて当事者間に争いがない。そうすると、原告らの主張する松太郎と被告との間の金銭消費貸借契約、これによる債権を被担保債権とする本件土地についての抵当権設定契約及び右債権を対象とする代物弁済予約は、いずれも双方の虚偽表示による契約であって無効である。従って、原告らは被告に対し、その主張の契約にもとずく金一、二九七、〇〇〇円の債務を負担していないわけであり、また本件土地の登記簿上に存する被告を権利者とする原告ら主張の抵当権設定登記は実体上の権利関係を欠く無効のものといわざるをえない。
被告は、抗弁として、被告が松太郎から本件土地を買受け、その代金を支払ったが、所有権移転につき、農地法上の知事の許可がまだ得られなかったので、所有権移転請求権を保全する便法として右のような虚偽の各契約をし、本件土地に本件各登記をしたものであるから、今更松太郎の相続人である原告らにおいてその無効を主張しえないものであるという。
しかし、松太郎と被告との間に真実消費貸借上の債権債務関係を生じさせようとする効果意思がなく、従ってまた本件土地につき抵当権設定及び代物弁済予約の効果を発生させる意思がなかった以上、たとえ被告主張のような事情があったからとて前記各契約が無効であることは免れず、原告らにおいてこれを主張することも妨げられない。そしてまた、真実抵当権の存しない抵当権設定登記は無効である。
二、しかながら、被告主張のような前記事情の存するときは、本件土地につきなされた代物弁済予約による所有権移転請求権保全の仮登記もまた無効となるか否かは、更に検討を要する。
被告が松太郎との間で被告主張のとおり本件土地を買受ける契約をしたことは当事者間に争いがなく、本件土地が農地であって、いまだその所有権移転につき農地法上要求される知事の許可がないことは、弁論の全趣旨により当事者間に争いがないものと認めることができる。そして、原告らが反訴の抗弁において主張する本件土地の売買契約を解除したとの主張が認められないことは、のちに認定するとおりである。そうすると、被告は、本件売買契約以後現在に至るまで、原告らに対し、知事の許可を条件とする売買契約にもとずく本件土地の所有権移転請求権を有しているわけである。従って、被告が原告らに対し本件土地の所有権移転請求権を有しているという点では、登記簿上の表示と実体上の権利関係とは一致している。
一般に、登記簿に表示された権利変動過程が実体上の権利変動過程と異っていても、登記簿に表示された現在の権利関係が実体上の現在の権利関係と一致していれば、その登記は有効と解される。
仮登記は本登記の順位を保全する効力を有するのみで、権利それ自体を公示するものではないけれども、本登記に関する右の理は、本件のような場合には、仮登記にも適用しうるものと解するのが相当である。すなわち、松太郎及び被告が、両名間の前記売買契約による被告の松太郎に対する本件土地の所有権移転請求権を保全する目的で本件仮登記をなしたものであることは、原告らにおいても明らかに争わないところであり、被告本人尋問の結果によれば、本来条件付売買契約による所有権移転請求権保全の仮登記をすべきところを、被告らの法律知識の貧しさの故に本件のような迂遠な方法をとったにすぎないことが認められる。従って、松太郎も被告も、本件仮登記当時、それによって本件売買契約による被告の所有権移転請求権を保全しようとする効果意思を有していたわけであり、本件売買契約による所有権移転につき知事の許可処分がなされたとき、本件仮登記にもとずいて本登記をしても、本件仮登記を全然別個の実体関係上の権利変動に「流用」したことにはならないわけである。
このような場合には、登記簿上表示された仮登記の原因たる所有権移転請求権の発生原因が実体上の発生原因と異っていても、その仮登記は有効であると解するのが相当である(この場合、仮登記にもとずき本登記するには、仮登記に表示された請求権発生原因を更正登記により更正しうるものと解する)。
よって、本件仮登記に関しては、被告の抗弁は理由がある。
三、そうすると、原告らの本訴請求中、原告らが被告に対し金一、二九七、〇〇〇円の消費貸借上の債務を負担していないことの確認と、本件土地の登記簿上に存する被告を権利者とする抵当権設定登記の抹消登記手続を求める部外は理由があるから、これを認容し、本件土地の登記簿上に存する被告を権利者とする所有権移転請求権保全仮登記の抹消登記手続を求める部分は失当であるから、これを棄却することとする。
第二、反訴請求に対する判断
一、被告と松太郎との間で、昭和三二年三月二九日、被告が松太郎所有の本件土地を代金一、二九七、〇〇〇円で買受ける契約をし、同時に、本件土地が農地であるので、所有権移転のため大阪府知事に対し農地法五条所定の許可申請手続をとることを約した事実及び被告が松太郎に対し同年五月三一日までに右売買代金全額を支払った事実は、当事者間に争いがない。
二、よって原告らの抗弁について判断する。
(一) 本件売買契約が原始的不能であるとの主張について。
本件売買契約当時被告が農地法五条の許可申請をするに必要な事業計画を有していなかったことは当事者間に争いがない。しかしながら、売買契約時に買主である被告が右事業計画を有しなくても、その後被告において適切な事業計画をたてて許可申請をすれば同条の許可処分がなされる可能性が十分あることは法解釈上明らかであり、被告が将来とも右の事業計画を立てることが不可能であるとの事実を認めることのできる証拠はないから、本件売買契約の履行が原始的に不能であるとの原告らの主張は失当である。
(二) 契約解除の主張について。
松太郎が、昭和三四年六月二六日同人宅において被告に対し、本件売買契約を解除する旨の意思表示をした事実を認めることのできる証拠はない。
次に原告らが、昭和三六年二月二五日付内容証明郵便で被告に対し、原告ら主張の(イ)、(ロ)の理由で本件売買契約を解除する旨の意思表示をし、右郵便が同月二八日被告に到達したことは、当事者間に争いがない。そこで、原告らの主張する契約解除原因の存否について判断する。
(イ) 東淀川区農業委員会が、本件土地につき被告から農地法五条による許可申請が出された場合これに同意しないとの方針を定めたこと及び今後本件土地につき同条の許可を受けうる見込がないことを認めるに足る証拠はなく、かえって≪証拠省略≫によれば、今後被告及び原告らにおいて、本件土地につき同条の許可申請をすれば、なお許可処分のなされる可能性のあることが認められ、また、農地法の解釈からいっても、要件を具備した適正な許可申請がなされればこれを故なく拒むことはできないから、本件土地の売買契約が履行不能であるとの原告らの主張は理由がない、
(ロ) ≪証拠省略≫によると、被告及び松太郎は、本件売買契約当時、知事の許可をえて所有権移転登記ができるようになるまであまり日数を要しないものと考えていたことが認められ、従って、≪証拠省略≫を総合すると、本件売買契約当時被告と松太郎との間で、所有権移転につき知事の許可があるまでは、松太郎において本件土地を占有し耕作しうることにつき暗黙の合意が成立していたことが認められる。≪証拠省略≫のうち右認定に反する部分はいずれも右認定を左右するに至らない。
そして、被告が昭和三四年三月頃、松太郎に対し、以後本件土地の耕作を禁止する旨の通告をしたことは、当事者間に争いがない。しかしながら、≪証拠省略≫によれば、被告は、右の通告を発したものの、その後耕作禁止の強制措置に出たことはなく、松太郎及び原告らにおいて引続き現在まで平穏に耕作を続けていることが認められ、右認定に反する証拠はない。
契約はもとより当事者間の信頼関係を基礎とするものではあるけれども、売買契約の如きにおいては、契約関係の存続は一時的のものであって、賃貸借契約等のいわゆる継続的関係における程強い当事者間の信頼関係を必要とするものではない。従って、前記認定事実に照らすと、被告が松太郎に対し耕作禁止の通告をしたことを理由に原告らにおいて本件契約を解除することはできないものと解すべきである。
よって、原告ら主張の右(イ)、(ロ)の事由によっては、いずれも原告らにおいて本件契約の解除権を取得したものといえないから、原告らが昭和三六年二月二五日付書面でなした本件契約解除の意思表示は無効である。
次に、原告らが昭和三八年六月一五日本件の第四回準備手続期日において、被告に対し、原告ら主張の(イ)、(ロ)、(ハ)の理由で本件売買契約を解除する旨の意思表示をしたことは、当裁判所に顕著な事実である。しかし、右解除理由のうち(イ)、(ロ)の理由が失当であって、これによる解除の意思表示が無効であることはさきに述べたとおりである。そこで(ハ)の理由について判断する。
被告本人尋問の結果によると、本件売買契約後、被告が松太郎に対し農地法五条所定の許可申請手続をなすにつき松太郎のなすべき行為を要求したことが認められ、これに対し松太郎が、本件土地から公路に通ずる道路がないからそのままの状態で許可申請をしても許される見込がないからしばらし待ってほしい旨被告に申し入れたことは、原告ら自ら主張するところである。そして、≪証拠省略≫によると、昭和三四年四月頃には、松太郎は被告に対し、被告において許可申請手続に必要な準備を完了すれば松太郎もその手続に協力する旨申し入れていたことが認められるが、松太郎においてまず許可申請手続に必要な準備行為を完了しこれを被告に提供した事実を認めることができる証拠はない。
ところで、物の売買においては、売主は目的物の所有権を買主に移転すべき債務を負うのであるから、農地の売買の如く所有権移転に知事の許可を要する場合に、その許可を得るに必要な行為をなすのは売主の債務であって、買主は売主に対し右行為をなすことを請求する債権を有するものと解さねばならない。このことは、農地法五条所定の許可申請のように双方の申請行為を要する場合も、その売主側のなすべき行為につき同様であって売主はまず許可申請手続に必要な自己の行為をしてこれを買主に提供すべきである。従って、松太郎が許可申請手続に要する自己の行為を完了して被告に提供した場合被告がこれを受領しないときに受領遅滞の責任を負うかどうかの点は別問題であるが、松太郎がまず自己の右債務履行の完全な提供をしなかった本件において、被告が先に許可申請手続に要する行為をしなかったからといって、原告ら主張のようにこれを被告の債務不履行であるとして売買契約を解除することはできないものと解するのが相当である。原告ら主張の(ハ)の理由による契約解除の意思表示は、解除権のない無効のものであるといわねばならない。
よって原告らの抗弁はすべて採用できない。
三、そうすると、松太郎の相続人である原告らは被告に対し、松太郎と被告との間の本件土地の売買契約にもとずく大阪府知事に対する農地法五条所定の所有権移転許可申請手続をする義務があり、かつ右許可処分がなされたときは、本件土地の所有権移転登記手続をする義務がある。そして、原告らは現在においてはもはや被告に対し右所有権移転登記手続をする意思がないとの態度を示していることは、原告らの主張自体から明らかであるから、被告においてあらかじめ右所有権移転登記手続を訴求する利益があるものと認められる。
よって被告の反訴請求は全部理由があるから、これを認容することとする。
第三、よって訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 高橋欣一)